Top  『登山記録と写真』   ※本情報は、04-12-03 時点なので、最新情報を確認すること。

 
 都城市からえびの市へ車を走らせ、1時間10分で五日市交差点、そこを右折すると短い2車線舗装道路だ。すぐに狭い舗装道路に、5分くらいで未舗装の狭い林道になるが、美しい紅葉を見ながら、快適に走行できる。

 

  林道は整備されており走行に問題はない。林道に添って美しい渓谷と紅葉を見ることができる。約25分でクルソンキャンプ場に着く。


 ここからの林道は荒れているので、車は、キャンプ場駐車場に駐車し歩くことにする。


 狗留孫キャンプ場から登山口までは平坦に近い林道で楽に歩けた。ただところどころ泥濘があるが歩くのには支障ない。登山口には竹の杖が沢山おいてある。

 杖を使うほどではないと思ったが、竹の杖をついて登る自分の姿を想像すると絵になると思い借りることにする
登山口駐車場には3台くらい駐車できる。


 登山口から5分くらい歩くと、川内川の竹橋に出くわす。慎重に渡り砂と岩場の中州に着く。でも中州から対岸に渡る橋がない。どうしようとあちこち動き回ると、幸いに水の浅い箇所がある。

 転石の上を慎重に歩き対岸に渡ることができた。ホット一安心である。


 ウォーキング気分で歩けると思った狸留孫神社までの坂道のきついこと。これは登山だと思った。岩場で滑りやすい急坂だ。竹杖を借りて正解であった。岩場を暫く歩くと展望台にでる。二つ岩の「ノセ」が見える。

 自然の岩とは思えない人工的な造形美である。一見の価値がある。ここでしばし休憩。広葉樹の森の中を落ち葉を踏みしめながら急坂を登ると、朽ちた石塔が大木の切り株の上に座っている。絵になる風景だ。

 あちこちに大岩が見える。大岩の見ながら歩くと大岩のトンネルが眼前にドーンと現れる。大岩のトンネルには神秘的な妖気が漂っている。ヒンヤリとした感じが神秘性を増長する。トンネルを抜けると大きな岩窟が現れる。木柵に囲まれた岩窟である。

 岩窟の前には木梯子がある。梯子を登り横木を渡り岩窟の中に、かなり広い。岩窟の最上段に小さな狸留孫仏が鎮座されている。思わず手をあわせお祈りしてしまうほど尊厳に満ちていた。

 ○狗留孫仏
 世界で初めて狗留孫仏がこの地で生まれたと言われてる。


 岩窟を過ぎ大岩が現れると、目的の狸留孫神社だ。思ったより大きい神社だ。神社は大岩の上に作られている。神社を周回すると、直角に切り立った岩の上に建立されているのが分かる。

 絶壁の岩の上から転落しなようにおそるおそる覗くと背筋に悪寒が走る。神社の中をのぞくと、記帳ノートが置かれている。見てみると県内外から沢山の人が訪れている。知る人ぞ知る秘境の神社かもしれないと思った。

 神社は綺麗に清掃され中に寝袋も置いてある。神社関係者が泊まるのであろうか、いや山伏が泊まるのであろう。神社から見える、小高い丘の石塔が目に入ったので登ることにする。沢山の石塔が散乱している。小さな祠が朽ちている。

 石塔を観察すると文化2年の年号が読みとれる。文化2年は1806年頃である。歴史の重みを感じる。それにしても石塔群はあちこち転がり荒れ果てている。説明板もない。貴重な文化財なのにえびの市はなにをしているとブツブツ呟いた。

 昔は山伏がここで修行していたのであろう。今はそれを知るよしもないが。


○狗留孫神社

 1191年(建久2年)興済宗を広めた栄西禅師によって狗留孫山多宝院瑞山寺は建立された。その後、20年間、禅と密教の一拠点であった。

 江戸時代は狸留孫神社は稲作神、子授りの神、天狗兵道の神、罪障消滅の神などして栄えた。この地は山伏も修行したという霊地である。神武天皇も参拝され、ここに五穀の種をまかれたとか。